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建設DXの現在と未来 /インフラメンテ国民会議福岡ピッチイベントパネルディスカッションより

2022年01月04日(火)

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その他

 

【ファシリテーター】片山英資氏

【パネリスト】木村康博氏

【パネリスト】杉本直也氏

【パネリスト】家入龍太氏

パネルディスカッションのようす

 建設業のデジタル化は、CALS/ECや情報化施工、i―constructionなど、さまざまな名前を冠されて取り組まれてきたが、コロナ禍による全産業的なDXの流れで、いよいよ地方も本格的に進み始めている。建設業のDXの現状やメリット、将来像を、インフラメンテナンス国民会議・九州フォーラムが昨秋に福岡で行ったピッチイベントのパネルディスカッションから紹介する。

片山 昨年7月に熱海市で起こった土石流災害の迅速な対応に、静岡県が蓄積していた3次元点群データが大きく貢献したことは、建設分野でのDXのメリットや有効性を全国に実感させたといえる。


熱海の土砂災害・土砂流出規模を3日で把握


杉本 熱海市の災害では、被災後の3次元点群データと、蓄積していた被災前のデータとを重ね合わせて差分を確認し、3日で土砂の流出規模を把握した。これまでは、人命救助を経てから測量業務に着手。現場で長時間計測した後に解析しなければならず2週間~1カ月程度かかっていたことを考えると、相当な迅速化を図ることができた。


木村 この災害を受けて進める盛土の総点検では、国土地理院の昔の地図データと最近の地図データを重ね合わせて盛土だと想定される箇所の情報を全国に提供した。しかし、静岡県が保有していたような精度の高いデータは限られたエリアしかなかった。いざという時のために精度の高い情報を持つことが極めて大事だという事を痛感した。

家入 静岡県の取組は、迅速なだけでなく、一度現地を点群データ化すれば、その後何度も現場に行かなくても良いという点で、安全面でも大きな効果がある。


杉本 だが、静岡県だけが先進的という訳ではない。ほかにも、点群データをとっている自治体はある。それをオープンデータ化しているかどうかの違い。全国の自治体に、埋蔵金のようにストックされているデータが活用できるようになると、大きな効果が得られる。


木村 国土交通省も、既存の地図や3次元のデータを国際標準の企画で再編集して統合し、3次元のオープンな都市データベース〝 PLATEAU(プラトー)〟を構築した。現在、全国五十数都市で3Dモデルを作成済みだ。


片山 位置情報のある3次元データが今後ますます公開され、誰もが手に入るような状態になることを不安視する人もいる。


杉本 既にUTM(ユニバーサル横メルカトル)座標で、世界中からピンポイントで位置情報が取得できる状況にある。点群データは、UTMに比べて重たく処理が面倒で扱いにくい。公表しても、リスクが高まるとは思わない。グーグルのストリートビューが出た当時も、全国知事会で問題視されたが、現在では市民権を得ている。不安を利便性が上回ったと言える。法的な兼ね合いをクリアしながらギリギリまで攻めないと、DXのイノベーションは起きない。

家入 オープンデータ化はギブアンドテイク。オープン化することで全国からさまざまな情報・技術を持った人が集まってくる。データを自由な発想で活用するベンチャー企業が異分野から誕生することも加速している。


木村 プラトーの基盤データは3次元の箱のような建物や道路の幅員など。そこにどのようなデータを付加するかは、各都市がオリジナリティーを持ってさまざまな企業と取り組みを進めている状況。どのような企業とどのような活用が行われるのか非常に楽しみ。良い取り組みは他都市にも広めていきたい。


片山 このように建設分野でもDXが進みはじめた。ほかに、どのようなメリットが生まれてきているのか。


杉本 これまで技術的には可能だったにもかかわらず、やってこなかったWEB会議や遠隔臨場が、コロナの状況も相まって、DXの名の下に積極的に進められた。会議に参加するための移動時間や、現場立会での待ち時間が無くなったことなどは大きなメリット。


木村 国土交通省でも遠隔臨場が本格化し、昨年度(20年度)だけで560件実施した。可能な現場ではどんどんやっていこうという雰囲気があり、本年度はさらに増えている。


ベテランの長期雇用にICT施工


杉本 ICT施工は、若い担い手の確保の観点でクローズアップされがちだが、ベテランの長期雇用にも効果が出ている。MG/MCの高精度な制御により(人がいちいち確認することなく)エアコンが効いたキャビンの中で施工し続けることができるため、高齢者も快適に従事できる。ICT建機では難しい擦り付け部分などの職人技は、ベテランが若手に直接指導するなど、技術伝承もできている。


家入 建築系の現場では360度カメラが活用されている。従来のデジカメでは一方向しか伝えられなかったものが、敷地の周囲を全方向で確認できたり、トイレなど狭い空間も全体の状況を知ることができる。


片山 360度カメラは、インフラの点検・維持管理でも活用されている。現地調査の際、デジカメでは撮り漏らすケースもあったが、360度カメラの動画で全体を撮っておけば、その後いつでもあらゆる箇所を確認できるし、必要な部分を写真として切り出すこともできる。 


家入 現場で一度データをしっかり取っておけば、エアコンの効いた快適な事務所でその後の作業ができることも労働環境の面から大きなメリット。AIも活用することで、無駄な移動だけでなく、単純作業などの下働きが減り、本当に必要な計画・判断に集中でき仕事の質も上がる。建設技術者の仕事が確実に楽しくなるはずだ。


杉本 現在の作業を電子化しただけの中途半端な〝なんちゃってDX〟ではなく、無駄なプロセスを排除するなど、今までの仕事のやり方を抜本的に変えるところまで踏み込んでいけばメリットは確実に増えてくる。


片山 DXがさらに進んで、未来はどう変わると思うか


家入 3次元データの精度を、厳密に求める(LOD)業務と、ある程度の誤差を許容する(LOA)業務に、内容に応じて分ければ、活用が一気に進むと思う。点群データによる公共工事の納品が進むなど、データが蓄積されていけば、過去のデータと現在のデータを組み合わせて〝透視〟し、現状との変位を把握したり、過去に埋設した函渠の位置などの確認を容易にできるようになり、施工・維持管理とも効率化・省力化できる。
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さまざまなインフラを地域単位で包括管理


杉本 3次元データの蓄積・オープン化が進めば、管理者が異なるインフラを地域の中で包括的に管理することが可能になる。財政力の乏しい市町村がインフラを十分に管理できなくなる未来が想定される中、税金だけで維持管理を賄うのではなく、成果連動型の官民連携により投資資金を投入。みんなでメンテナンスし、地域力を上げていくような未来が来てほしい。


木村 事業の合意形成も大きく変わる可能性がある。土木構造物は一品生産のため、完成しなければ分からない部分もあった。しかし、3次元データで仮想空間を構築できれば、地域住民を含めた関係者が、あらかじめ完成した状況や効果をイメージできる説明能力を持ったツールになる。関係者で話し合いながら計画を考えるツールとしても有効だ。


片山 DXの将来が見えた気がする。ただ、現場に足を運ぶことも重要だとの想いは私自身にもある。ベテランと若手が一緒に現場に行く道中や、現場で直接さまざまな話を聞ける貴重な時間も失われる。DXのデメリットをどう考えるか。


家入 下働き的な単純作業をAIに任せてしまうと〝下積みの苦労や感覚を持たないまま〟〝技術が伴わないまま〟高度な業務ができてしまう事に、若干の不安を感じているのは事実。


木村 DXが進んでも現場には必ず行くべき。その際に、現場の状況をしっかり把握しながら無駄なくデータを取得し、現場感覚を持った上で、データを活用することが重要だと思う。

杉本 私の実家は建設業なため、現場の下働きで勘所が分かるなど、現場で技術伝承されてきたことも分かる。ただ、DXで現場に行く回数が減ることを懸念しているのはベテランだけ。今の若い人たちがどう感じているかを踏まえた人材育成も大切だ。


片山 先日、タジキスタンにインフラの維持管理の仕組みづくりの支援で行ってきた。現地の技術者が使っていた設計ソフトウェアは韓国製。『結果が同じならば途中の難しい計算はどうでもいい。分かりやすく、使い易いことが重要』との理由だった。経験や技術の段階を踏んできた我々世代にない感覚。〝いきなり高度なところからスタートする〟のは、若い人も同じ感覚なのかもしれない。


杉本 若い人は〝デジタル・三次元ネイティブ〟。3次元のゲームを当たり前に経験してきたのに、社会人になって現場に入ると2次元図面で混乱する。基本が大事との思いもあり、葛藤はあるが、3次元からスタートしても良いと思う。


家入 3次元化が進めば、建設業をイメージしやすくなり、これまで建設に馴染みが無かった人達の関心が高まる可能性がある。


木村 建設業に対する関心が高まれば、産業面でも異分野との融合が拡大・深化するはず。特にメンテナンス分野は、9年前の笹子トンネルの事故がきっかけで注目された、まだまだ新しい分野。いろいろな可能性あるため、新たなベンチャー企業がどんどん参入し、市場・技術が拡がっていく事を期待したい。


杉本 日本の技術、職人芸は本当にすごい。建設関係のアプリやソフトウェアの分野でも海外に負けるはずがない。それに対応できるのは若い人たち。個人的な意見だが〝2次元が大事〟だと言うのを飲み込み、自由にやらせてあげることも大切だと思う。


片山 技術の進展、技術者の確保・育成の観点では、われわれが頭を切り替えなければならないのかもしれない。人材難とぼやくのではなく、人が来るように考え方を変えることで、もっと明るい未来が待っているかもしれない。



【ファシリテーター】

  • (一社)ツタワルドボク代表理事・片山英資氏
  • ㈱オリエンタルコンサルタンツ、福岡北九州高速道路公社を経て、現在、㈱特殊高所技術に勤務


【パネリスト】

  • 国土交通省総合政策局公共事業企画調整課事業総括調整官・木村康博氏
  • 国土交通省・長崎河川国道事務所長、九州地方整備局企画部企画調整官、本省道路局総務課企画専門官などを経て現職


  • 静岡県交通基盤部政策管理局建設政策課イノベーション推進班長・杉本直也氏
  • 「静岡県GIS」や「ふじのくにオープンデータカタログ」、全国初の点群のオープンデータサイトである「Shizuoka Point Cloud DB」の構築を担当


  • ㈱イエイリ・ラボ代表取締役・家入龍太氏
  • 日本鋼管㈱、日経BP社(日経コンストラクション副編集長、ケンプラッツ編集長)を経て、現在、日本唯一の建設ITジャーナリスト

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